皆様こんばんわ。
ノンフィクション作家の畑山です。
今回は、今のところ私の作家としての代名詞である、銚子商業野球部についてお話ししたく思います。

千葉県立銚子商業高校
昭和の野球ファンなら、知らない人はいなかったとされる、かつて全国を席巻した学校です。
昭和40代~昭和50年代にかけて、千葉県のみならず、全国を席巻んした日本最東端にある漁師町の学校。
昭和28年に、千葉県勢で初の春のセンバツに出場。
その後は
甲子園出場20回(春8回、夏12回)
夏 全国優勝1回(1974年)
準優勝1回(1965年)
春 全国準優勝1回(1995年)
国体 優勝2回(1965年、1948年)
甲子園勝利数春夏合わせて39勝。
千葉県トップの成績です。
現在までに、最後の甲子園出場は、2005年の夏。
この時の監督は、名将、故・斎藤一之監督の長男、斎藤俊之監督でした。
決勝で、名門拓大紅陵を、延長戦の末撃破。
そして、甲子園では、初戦の鳥取西を7-1で下し、ここに世にも珍しい、「親子で同一校の監督で、甲子園に出場し、甲子園で勝利を挙げる」という偉業を達成。
私は、この事例は唯一の事例と思っています。(もしそれ以外の事例を知っている方、教えてください)
そして、この時のエース遠藤投手は現在、母校のコーチとして赴任しています。
彼のおかげで、現在過疎化地域で、人口減少が続く銚子市においても、シニアや周辺の有力中学から銚子商へ目指す部員が大勢います。
この辺は、私の著書でも紹介していますので、そちらもご参考お願いいたします。
今日はこの辺で

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